君が心をくれたから⑥

REVIEW

第6話 声の手ざわり

キャスト

逢原 雨 … 永野芽郁
朝野太陽 … 山田裕貴
望田 司 … 白洲 迅
朝野春陽 … 出口夏希
柳田達夫 … 螢雪次朗
花村竜一 … 佐藤貴史
菊野 純 … 谷 恭輔
飛岡雄星 … 萩原 護
日下   … 斎藤 工
千秋   … 松本若菜
逢原霞美 … 真飛 聖
朝野陽平 … 遠藤憲一
逢原雪乃 … 余貴美子

あらすじ

〇二人暮らしの始まりと名前の距離
 逢原雨(永野芽郁)と朝野太陽(山田裕貴)は恋人として歩み始める。雪乃(余貴美子)の入院をきっかけに、太陽は雪乃の家で雨と共に暮らすことになるが、雨はその距離感にまだ戸惑っていた。太陽は雨をもっと近くに感じたいと「名前で呼びたい」と願うが、雨は自分の名前に複雑な思いを抱えており、即答できずにいる。恋人としての幸せと、長年抱えてきた自己否定が同時に存在する雨の心情が丁寧に描かれ、二人の関係は静かに試される。

〇声の宝物と、帰りたい場所
 雪乃の部屋を整理していた雨は、かつて祖母と交わしていたボイスレコーダーを見つける。小学生だった雨にとって、雪乃の声は何よりの支えであり、声の交換日記は大切な宝物だった。そんな中、雪乃の容態急変の知らせが届く。病院で雪乃は、最期は自宅で過ごしたいと願い出る。責任の重さに迷う雨に対し、太陽は「帰ろう。俺もいる」と背中を押す。その言葉は、雨が一人ではないことを確かに示すものだった。

〇最後の願い、親子をつなぐ旅
 自宅に戻った雪乃は穏やかな表情を取り戻し、太陽と望田司(白洲迅)にある頼み事をする。それは、雨と母・霞美(真飛聖)をもう一度親子に戻してほしいという願いだった。翌日、霞美を交えた四人は、最初で最後の家族旅行へと出発する。フェリーの中で太陽は雪乃の思いを雨に伝えるが、雨は母との和解に強い拒否感を示す。過去の傷と向き合うことへの恐れが、旅路に重くのしかかっていた。

〇海辺のじゃんけんと、雨という名前
 旅の途中、雨は海に立ち寄り、霞美と不思議なじゃんけんゲームを始める。勝てば一歩進み質問をするという単純な遊びの中で、雨は父のことや、自身の病について打ち明ける。感情を抑えきれずぶつけ合う言葉の応酬の末、雨は自分の名前について問いかける。霞美は、雨が降る日に笑った我が子を見て「あなたを笑顔にする存在になりますように」と願って名付けたのだと語る。雨という名前に込められた祈りが、初めて言葉として明かされる。

〇別れと継がれる想い
 雪乃が目指していた海の見える高台で、彼女は自らの人生を振り返り、娘と孫に感謝を告げる。帰りのフェリーで、雪乃は霞美に「自分を愛して、雨の母になってあげて」と託す。その一週間後、雪乃は静かに旅立つ。葬儀後、司から渡されたボイスレコーダーには、雪乃の最後の声が残されていた。その言葉を胸に刻んだ雨は、自分の名前を受け入れる決意をし、太陽に「雨と呼んでほしい」と告げる。そして物語は、司の「五感を失う病気は存在しない」という一言で、新たな疑問を残して幕を閉じる。

見どころ

〇声がつなぐ、生と死の境界
 本話の核となるのは、ボイスレコーダーに象徴される「声」である。触れられなくなっても、姿が見えなくなっても、声は記憶として残り続ける。雪乃の声は、雨にとって生きる指針であり、死後もなお心を支える存在だ。視覚や触覚以上に、人の心を揺さぶる声の力が、静かに、しかし深く描かれている。

〇「雨」という名前の再定義
 雨が自分の名前を受け入れるまでの過程は、自己否定から自己肯定への転換を象徴している。呪いだと思っていた名前が、母の祈りだったと知ることで、雨は初めて自分自身を肯定できるようになる。名前を好きになるという選択が、雪乃への弔いであり、生き続けるための覚悟である点が胸を打つ。

〇崩れ始める“病”という前提
 ラストで司が語る「五感を失う病気はない」という言葉は、物語の根幹を揺るがす重要な伏線である。雨が背負ってきた運命は何だったのか、案内人たちの存在は何を意味するのか。感動的な別れの直後に投げかけられるこの疑問が、物語を新たな局面へと導き、視聴者の心を強く引きつける。

感想

 冒頭で雨と太陽が一緒に住んでいて、2人の距離が一気に縮まっている。一瞬、放送一回分、見逃してしまったかとの錯覚に陥った。でも、なんだかぎこちないところが、この2人らしい。

 今回は、家族の絆が多く描かれていた。雨が小学生の頃、雨と祖母・雪乃のボイスレコーダーでの行っていた声の交換日記と母・霞美を交えた最初で最後の家族旅行。

 余命少ない雪乃の最後の願いは、雨と霞美をもう一度親子に戻すこと。無理だという雨に太陽が、自分と違って、まだ「雨ちゃんのお母さんはまだ生きているから、ありがとうもごめんねもまだ伝え合える」といって向き合えというのは説得力がある。

 その言葉に従って、雨は海は砂浜で霞美とゲームという名の下で向き合う。そのゲームは砂浜に立てた棒の左右に間隔をとって立ち、じゃんけんをして勝ったら一歩進み、相手に質問する。それを繰り返して、先に棒にたどり着いたほうが勝ち。

 海もそのゲームもいきなりだったの唐突に感じた。昔、母との楽しい思い出のゲームとか場所だったらわかるし、感情も移入できたかもしれない。そうすれば「心から嫌いになれなかった」いう言葉がもっと活きてきて親子に戻るためのきっかけ、もしくはスタートとしてもっと印象に残ったと思う。

 雨という名をつけた理由はわかったが、雨を虐待していた理由は今回もよくわからなかった。父親が出ていってしまい色々なストレスがあって雨に当たってしまっていたのだろうという想像しかできない。引っ叩かれて、包丁を持って必要ないという回想シーンが何度か挿入されているけれど、これは雨の側からの回想であって、霞美側からはどうなんだろう。

 家族旅行の目的地は海の見える高台。そこへ向かうための山道。雪乃を雨と霞美の2人を支えて登る場面は、砂浜で思っていることを言って、雨の気持ちが少し変化してきているのがわかる。雪乃が最後に来たかった場所はプロポーズされた思い出の場所だった。そこで子供と孫に囲まれて「本当に良い人生だった」という雪乃は思い残すことがないという本当に良い顔をしていた。こういう言葉をいって死ねるのは理想。出来ればこういって死んでいきたいものだ。

 家族に焦点が当たっていたので、五感が失われていくというのが薄れていたが、忘れるなとばかりに最後の最後に…。知り合いの医師に聞いたところ、五感を失う病気はないと言われたと司から太陽に電話がはいるのだった。

 まさにどうなるの?次回も見たくなるのような最後のワンシーンだった。