新宿野戦病院⑦

REVIEW

第7話 迫る、看護師長・堀井しのぶの人生と母親への想い!

キャスト

ヨウコ・ニシ・フリーマン … 小池栄子
高峰享 … 仲野太賀
南舞 … 橋本愛
高峰はずき … 平岩紙
横山勝幸 … 岡部たかし
田島琢己 … 馬場徹
堀井しのぶ … 塚地武雅
若井あかね … 中井千聖
村木千佳 … 石川萌香
吉野勇介 … 萩原護
岡本勇太 … 濱田岳
リツコ・ニシ・フリーマン … 余貴美子
白木愛 … 高畑淳子
高峰啓三 … 生瀬勝久
高峰啓介 … 柄本明

あらすじ

○歓楽街の憩いの場と孤独死の現実
 新宿歌舞伎町の「聖まごころ病院」は、今日も特に異常のない高齢者たちの「生存確認」の場として賑わっていた。ヨウコ・ニシ・フリーマン(小池栄子)は、なぜ健康な老人が集まるのかと疑問を抱くが、高峰享(仲野太賀)はそれが地域の交流であることを説く。そんな中、警官の岡本勇太(濱田岳)が独居老人・田辺宗孝の異変を察知し、マンションへ突入。心肺停止の田辺は「まごころ」へ運ばれる。ヨウコは懸命な蘇生を試みるが、高峰啓介(柄本明)は非情にも死を受け入れるよう諭す。ヨウコは涙を流すが、啓介から「死亡確認も医者の立派な役目」と教えられ、医師としての新たな重責を胸に刻むのだった。

○看護師長・堀井しのぶの知られざる二重生活
 病院では、横山勝幸(岡部たかし)が看護師長・堀井しのぶ(塚地武雅)の私生活について勝手な思い込みをしていたことを謝罪する。堀井は夜勤明け、カフェでメイクを落とし、カツラを被って「中年男性」の姿へと変貌し、自宅へと帰る。家では元教師の母・房江(藤田弓子)が待っていたが、彼女は認知症を患っていた。堀井は、他界した父・英輝(野添義弘)に扮することで、母の心の平穏を守っていたのである。職場では「女性」として、家庭では「亡き父」として振る舞う堀井の過酷な二重生活は、高峰はずき(平岩紙)によって他のスタッフにも知られることとなり、皆は複雑な思いを抱き始める。

○アウトリーチ医療への挑戦と立ちはだかる壁
 はずきと享は、NPO法人「Not Alone」の南舞(橋本愛)と若井あかね(中井千聖)を訪ね、ホームレス支援のための「見回り医療サービス」を提案する。しかし、民間の医療機関との提携には慎重な若井に一度は断られてしまう。享は「シゲさんのような悲劇を繰り返したくない」と熱弁し、実際に南たちの活動に同行する。しかし、現場のホームレスたちは医師に対し「金儲け主義」と激しい拒絶反応を示し、享は理想と現実のギャップに打ちのめされる。一方、高峰啓三(生瀬勝久)は自身の闘病経験から享を外科医に転向させようと画策し、病院の存続をかけた強引な提案を行う。

○運命を狂わせる交通事故と救急搬送の連鎖
 私生活で葛藤する堀井のもとに、母・房江が交通事故を起こしたという知らせが入る。房江は堀井の忠告を無視して自転車に乗り、少年の順太と衝突してしまったのだ。聖まごころ病院には順太と房江が次々と搬送される。順太は肘に重傷を負っており、ヨウコは後遺症の危険を察知して三次救急への転送を指示する。一方、房江も重傷であり、ヨウコと享が処置にあたる。享は南と岡本の映画デートに割り込むも、緊急連絡を受けて病院へ急行する。事故の加害者となった母を前に、堀井はありのままの姿で房江と向き合うことを決意し、緊迫した処置室の中で家族の真実を語り始める。

○「ありのまま」の受容と新たな介護の形
 堀井は、かつて父から勘当されかけた過去や、啓介に「優秀な看護師なら性別は関係ない」と受け入れられた感謝を語る。認知症の房江のために亡き父のふりをしてきたが、今回の事故を機に、彼女の病と正面的に向き合う覚悟を決める。順太の手術は成功し、房江も「まごころ」に入院して本格的なリハビリと介護がスタートすることとなった。享のアウトリーチ活動も実を結び始め、ホームレスたちが少しずつ病院を訪れるようになる。最後には回復した順太が房江を訪ね、サムズアップで許しを示す温かい光景が広がる。歌舞伎町の片隅で、不器用な優しさが重なり合い、新たな希望の灯がともるのだった。

見どころ

○堀井しのぶの壮絶な「愛の嘘」と自己犠牲
 第7話の最大の核心は、塚地武雅演じる堀井しのぶの生き様である。病院では誇り高き女性看護師として働きながら、家庭では認知症の母を混乱させないために、あえて自分を殺して亡き父のふりをする。その変身シーンの物悲しさと、母を想う深い慈愛の対比は涙なしには見られない。宮藤官九郎脚本らしい「アイデンティティの揺らぎ」を、医療現場の切実な問題(認知症・ヤングケアラー的側面)と絡めて描いており、堀井が抱える孤独と救いが視聴者の心に深く突き刺さる。

○「死の宣告」がもたらすヨウコの成長と哲学
 これまでの「救う」ことに執着してきたヨウコが、初めて「救えない命」と正面から対峙する。蘇生を諦めない彼女に対し、院長の啓介が教える「死を確認する尊厳」は、医療の本質を問い直す名シーンだ。泣きながらも仏さんに一礼するヨウコの姿は、彼女が日本の「看取り」の文化や、医師としての「負け」を受け入れる成熟を描いている。単なる救命アクションに留まらない、生死の哲学が色濃く反映されたエピソードとなっている。

○享が直面する「格差」とアウトリーチの意義
 仲野太賀演じる享が、南への恋心に翻弄されながらも、医師としての使命感に目覚めていく過程が描かれる。特にホームレスの居住エリアで受ける拒絶は、特権階級としての医師が普段見ることのない「社会的弱者の不信感」をリアルに映し出している。南と岡本の微妙な関係に嫉妬し、「平等じゃない!」と叫ぶコミカルな姿と、地道なボランティアを通じて信頼を勝ち取ろうとする真摯な姿のギャップが素晴らしく、享というキャラクターの成長譚としての見応えが非常に高い。

感想

 通報を受けたと岡本はあるマンションを訪れていた。部屋の中には老人・田辺が倒れていて、聖まごころ病院に緊急搬送される。

 聖まごころ病院の面々は、なんとか処置を施そうとするが、願いは叶わず。天才ドクターを主人公にしたドラマだと、きっと助かるんだろうけれど、現実はこんな感じなんだろうね。

 医院長・啓介は死亡確認も医者の立派な役目だと言って一礼してそれをヨウコに伝えるのだった。田辺の娘は孤独死なんて情けないと言うが、まごころへ来ていた老人たちは、一昨日はスナックで歌っていたとか、先週は高尾山に登った等、思い出話を伝える。最後はみんなでご遺体にお供え物を添えたりして、決して孤独じゃなかったという場面はほっこりした。

 こういうシーンを見ると冒頭の享の「(どこも悪くないのに病院に来るのは)生存確認でしょうね」というのは的を射ているように思う。

 さらに見た目で爺さんだと思っていた人が婆さんで、そしてアメリカ人は爺さんは頭が薄い、婆さんはケツがでかいと言うヨウコ。それに対して堀井が個人の感想ですというのもなかなか深い。この享の放った言葉同様、この後、堀井が抱える過去へと繋がっていく。

 家では認知症の母・房江のためメイクを落とし、カツラを被って亡くなった亭主関白の父のように振る舞って冷たくあたる堀井。病院ではメイクをして本来の自分である女性として出勤。着替えは毎日カフェ。ところでカフェでの注文時と品物を受け取る時で堀井は姿が違うけれど、店員は不思議に思わないのだろうか?それとも毎日のことなので慣れっこなのだろうか?

 そんな折、母・房江は堀井にお弁当を渡すため自転車に乗って追いかけて行く。そして歩道から飛び出してきた少年とぶつかり交通事故を起こしてしまう。

 昨今、若者が猛スピードで自転車を走らせて高齢者にぶつかって大怪我させたり、命を奪ったりというケースがあるので、逆のパターンでもよかったのではと思った。

 孤独死に認知症に自転車事故、それから性同一性障害となかなか詰め込んだ回だった。とはいえ毎度のことながら笑えるシーンがあったりするから重苦しいだけでないのはいいかな。

 気になったのは田島がなぜ泌尿器科を選んだのかをもっと聞きたかったし、堀井の母を演じた藤田弓子はかなり年取ったなと感じたし、父を演じた野添義弘は何故かカツラかぶってるし。